☆コンドウさんの神秘なお話 第五十一話☆

 この夏、千葉県館山市に出かける予定でしたがコロナウイルスの影響により見送りました。なぜ館山市に行こうと思ったのか?それは「房総半島沖に散らばる財宝探し」をするためです!

 時は16世紀、コロンブスの新大陸発見に湧きたった冒険者たちは、ハプスブルク家のカ

スティーリャ王国・アラゴン王国(現スペイン)の国王フェリペ二世(左画像)の意思のもとに大海原に夢を求めました。スペイン領フィリピンの臨時総督だったドン・ロドリゴは、1609年7月25日にマニラのカビテ港を三隻の船で出航し、メキシコへ帰る途中大嵐に遭い、ロドリゴが乗った「サン・フランシスコ号」は現在の千葉県御宿町沖で沈没し船員56人が亡くなりました。「サンタ・アナ号」は豊後近くの海岸に漂着、奇跡的に「サン・アントニオ号」は助かりました。沈没した「サン・フランシスコ号」の積み荷ですが、「宝の山が海に浮いている」と当時の史実が語るように、とんでもない量の財宝が広範囲に散らばりました。それを受け幕府は高札による漂着物横領禁止令を出しました。ロドリゴの見聞録によると、はじめは無人島に漂着したと思ったようです。しかし水田や稲を見つけたことで、ここが日本だとわかりました。「島民次第では惨い扱いを受けていたことを考えると生命の危機もあった」と語っています。当然このことは徳川家康の耳にも入り、駿府城に招かれることになるのです。現在はこれを記念して千葉県御宿町に日本とメキシコの記念碑が建てられています。※一部画像はウェキペディアを引用



果たして昔の財宝が現代に見つかるのか?沈没した場所と違うじゃないか・・と思われますが、海には海流がありその流れに乗って沈没した場所から離れたところで金銀財宝が海の底に引っかかっていると考えられます。

 2005年夏、一人の男性が塩見海岸を散歩中、波打ち際に太陽光でキラキラ光る金属を発

見しました。それはなんと金純度65%、時価にして30万位の価値がある江戸時代に作られた「元文小判」(右画像)だったのです。この小判が「サン・フランシスコ号」の積み荷なのか定かではありませんが、

千葉県館山市立図書館に保管されている沈没船に関する古文書には「千葉県沖には三隻の船が沈んでいる」とあります。(日本トレジャーハンティングクラブ(以下JTCと称する)調べ)



 さらに2017年11月10日には、水中考古学や水中文化遺産保護で名を知られている東海大学海洋学部の木村淳特任講師率いるチームが「サン・フランシスコ号」のものと考えられる「石製の砲弾」を発見しています。この海域では見つからない石質だったため有力な手掛かりの一つとなっています。



コンドウも所属するJTCですが、八重野代表によると沈没船には100枚以上の小判があると推測しており、現代価値として数千万円の財宝が海に眠っているようです。そして2005年から塩見海岸(左画像)の探索が始まりました。JTCでは2014年4月にナインティナインの岡村さんがMCを務めるTBSテレビ「アイ・アム冒険少年」の取材を受け、「冒険少年トレジャーハンティングクラブ」というコーナーで、ココリコ田中さんを筆頭に金属探知機4台を投入し探索しましたが大きな発見には至っていません。


 ちなみに海中で発見したお宝はどのように扱われるのか興味があると思いますが、「水難救護法」なる法律が適用され、提出先は警察ではなく沿岸部の市町村になります。お宝がむき出しのまま目視できる状態で発見された場合には6カ月間、沈没船などの中に埋もれているお宝を発見した場合には1年間待たなくてはなりません。そこで所有者が現れなければ、すべてが発見者の物となります。もし所有者が現れた場合でも3分の1に相当する金額を発見者に支払う法律となっています。



 コロナウイルスの終息を願いつつ、来年はお宝目指して、いざ冒険へ!




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